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『空気の研究』と大和特攻の背景

前回の続きです。
http://kayskayomura.com/node/98

再び『空気の研究』から引用しますが、その前に軍事的な知識に乏しい若者のために大和特攻の背景を説明します。
以前、西麻布のとあるバーでバーテン君と20代アパレル系女子2人組みとの4人で会話をしていたところ、僕がバーテン君に「中国が空母を作り始めたね」と話をすると、女の子が「空母ってなあに?」と聞いてきたのでびっくり仰天したことがあります。
最近の女子は空母も知らないんですね。
激しいカルチャーショックを受けながらもその女の子たちには優しく「あのね、空母とはね、甲板を平らにして飛行機を飛ばせるようにした船のことだよ」と教えてあげました。
ちなみにその時の女の子たちの写真です(掲載許可は得ています)。

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とにかく若い女の子は空母も知らないとなれば、「大和特攻」と言っても何のことだかチンプンカンプンでしょう。
そんな20代女子のために大和特攻について説明します。
かつて軍事の世界では第一次大戦の頃からしばらく、「大艦巨砲主義」という考え方がありました。
とにかく大きな大砲を載せた船を作れば戦争に勝てるという考え方です。
そこで日本は世界で最も大きな戦艦を作れば世界最強の海軍が持てると考え、東北地方では貧しい農家が娘を身売りしていた時代に国家予算の3%、同型艦の武蔵とあわせれば国家予算の6%を投じて世界最大の戦艦を開発しました。
国家予算の6%と言えば今の防衛省の予算と同額です。

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しかし大砲はいくら破壊力が強くても当たらなくては意味がありません。
戦艦大和の自慢の46センチ主砲は最大射程距離が42キロメートルですが、そんなに遠い距離から動き回る船を狙っても当たるものではない。
それよりも飛行機が船のそばにまで近寄って爆弾を落とした方がよっぽど命中率が高い。
そしてそのことは日本みずからが真珠湾攻撃やイギリス戦艦の撃沈で証明したことでした。
イギリスの首相チャーチルは第2次大戦中でもっともショッキングだった事件はダンケルク敗退などではなく、日本軍用機による戦艦レパルスとプリンス・オブ・ウェールズの撃沈だったことを後の回顧録で告白しています。
船は飛行機に勝てません。
そこで船を出すときには必ず飛行機の護衛が必要です。
しかし戦艦大和が特攻するときにはもはや日本海軍の飛行機はほとんど撃ち落とされていて、大和に護衛戦闘機はなかった。
つまり護衛の戦闘機なしに海に出るということは、ただ沈められるために出て行くということであり、だから「特攻」なのです。

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実際に大和は敵飛行機をたったの10機撃墜しただけで撃沈されます。
それに対して大和と一緒に海に沈んだ乗員は2,740人。
日本が世界最強になるために巨額の予算を投じて作った最終兵器は日本の勝利になんら貢献することもなく、たった10機の飛行機を撃ち落としただけで沈められてしまった。
日本の最終兵器が大和ならアメリカの最終兵器は空の要塞B29と原爆です。
アメリカは日本が証明した飛行機の優位を見て取るや、全力で空軍の充実につとめ、新型爆弾を開発しました。
一方、飛行機の優位を証明したのは山本五十六などの日本人ではあるものの、しかしそれは少数派であり、大多数の日本軍人は時代遅れの大艦巨砲主義にしがみついて時代の変化について行けなかった。
日本は御都合主義です。
外国が試行錯誤の上に出した良い結果だけを真似する。
しかし戦争は秘密主義です。
敵は手の内を見せない。
日本は一部に先進的な考え方もあったけれど、大多数は何をすればよいか分からず、冒険は避けて古い考え方にしがみつき、そして古い考えはやっぱり古かった。
帝国海軍の期待を一身に背負いながらも何ら活躍することなく海に消えた戦艦大和はそんな日本の愚かさと悲劇の象徴として歴史に刻(きざ)まれています。

さて、これで20代女子も大和特攻のバックグラウンドが理解できたと思います。
その上でまた『空気の研究』からの引用を読んでください。

『空気の研究』 山本七平

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注意すべきことは、そこに登場するのがみな、海も船も空も知りつくした専門家だけであって素人の意見は介入していないこと。そして米軍という相手は、昭和十六年以来戦いつづけており、相手の実力も完全に知っていること。いわばベテランのエリート集団の判断であって、無知・不見識・情報不足による錯誤は考えられないことである。まずサイパン陥落時にこの案が出されるが、「軍令部は到達までの困難と、到達しても機関、水圧、電力などが無傷でなくては主砲の射撃が行ないえないこと等を理由にこれをしりぞけた」となる。従って理屈から言えば、沖縄の場合、サイパンの場合とちがって「無傷で到達できる」という判断、その判断の基礎となりうる客観情勢の変化、それを裏づけるデータがない限り、大和出撃は論理的にはありえない。だがそういう変化はあったとは思えない。もし、サイパン・沖縄の両データをコンピューターで処理してコンピューターに判断させたら、サイパン時の否は当然に沖縄時の否であったろう。従ってこれは、前に引用した「全般の空気よりして……」が示すように、サイパン時になかった「空気」が沖縄時には生じ、その「空気」が決定したと考える以外にない。このことを明確に表わしているのが、三上参謀と伊藤長官の会話であろう。伊藤長官はその「空気」を知らないから、当然にこの作戦は納得できない。第一、説明している三上参謀自身が「いかなる状況にあろうとも、裸の艦隊を敵機動部隊が跳梁(ちょうりょう)する外海に突入させるということは、作戦として形を為さない。それは明白な事実である」と思っているから、その人間の説明を、伊藤長官が納得するはずはない。ともにべテラン、論理の詐術などでごまかしうるはずはない。だが、「陸軍の総反撃に呼応し、敵上陸地占に切りこみ、ノシあげて陸兵になるところまでお考えいただきたい」といわれれば、ベテランであるだけ余計に、この一言の意味するところがわかり、それがもう議論の対象にならぬ空気の決定だとわかる。そこで彼は反論も不審の究明もやめ「それならば何をかいわんや。よく了解した」と答えた。この「了解」の意味は、もちろん、相手の説明が論理的に納得できたの意味ではない。それが不可能のことは、サイパンで論証ずみのはずである。従って彼は、「空気の決定であることを、了解した」のであり、そうならば、もう何を言っても無駄、従って「それならば何をかいわんや」とならざるを得ない。
ではこれに対する最高責任者、連合艦隊司令長官の戦後の言葉はどうか。「戦後、本作戦の無謀を難詰する世論や史家の論評に対しては、私は当時ああせざるを得なかったと答うる以上に弁疏(べんそ)しようと思わない」であって、いかなるデータに基づいてこの決断を下したかは明らかにしていない。それは当然であろう、彼が「ああせざるを得なかった」ようにしたのは「空気」であったから 。こうなると「軍には抗命罪があり、命令には抵抗できないから」という議論は少々あやしい。むしろ日本には「抗空気罪」という罪があり、これに反すると最も軽くて「村八分」刑に処せられるからであって、これは軍人・非軍人、戦前・戦後に無関係のように思われる。
「空気」とはまことに大きな絶対権をもった妖怪である。一種の「超能力」かも知れない。何しろ、専門家ぞろいの海軍の首脳に、「作戦として形をなさない」ことが「明白な事実」であることを、強行させ、後になると、その最高責任者が、なぜそれを行なったかを一言も説明できないような状態に落し込んでしまうのだから、スプーンが曲がるの比ではない。こうなると、統計も資料も分析も、またそれに類する科学的手段や論理的論証も、一切は紬駄であって、そういうものをいかに精徹に組みたてておいても、いざというときは、それらが一切消しとんで、すべてが「空気」に決定されることになるかも知れぬ。とすると、われわれはまず、何よりも先に、この「空気」なるものの正体を把握しておかないと、将来なにが起るやら、皆目見当がつかないことになる。

また続きます

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コメント

「空気」を大村さんの記事で見たせいか、いろいろな所で出ているような気がします。
アメリカの大学生についての本を書いた方の記事では、アメリカの大学を2000万出して卒業するより、日本に籍を置いて、短期で行く方がいい。その方が、「日本の社会の空気を読む感覚が身についたうえで」、グローバルに活躍できる人材になる、というようなことでした。
また、石破茂さんの「国防」という本を読んだのですが、やはり「空気」の危険性について書いているような気がしました。
7月くらいにNHKで福島第一原発の原子炉についての番組があったのですが、その最後に出てきたコメンテーターも、研究者の間でさえ、言えない空気があるというようなことを話してました。
研究者が言わないで、誰が言うんだ?と、がっかりでしたが。
日本の教育は、自分で考えて行動するという力は萎えさせてきたような気もします。
そういう中で今、「最後には自分で判断してください」みたいな方向に行ってる気もします。
自民党政権のころは「とりあえず黙ってお上に任せておけ」みたいなものが残ってたと思いますが、民主党は目先さえ何とか収まればみたいな感じがします。
自民党の「黙れ」にも問題は大有りだと思いますが、誤魔化されるよりはマシな気がします。

大和の記事について読み直してみました。
戦争についてはいくらか調べてきましたが、調べるほどに分からなくなりました。
「空気」ですが、まさに的を射たものだと思います。
見えない、聞こえないということは、責任の回避ができるし、
「読め」と言われるということは、あらかじめ知って理解してないと参加もできないんですね。

今の時点、「大和特攻」は、現場の最後の抗議だったように思っています。
学徒兵とか、途中で降ろされた人も居たと聞いているので、「日本海軍の戦争責任を負って行くのに、専業軍人ではないものを巻き込まない」ということかと考えます。
直掩をつけなかったというのは、「あてつけ」と、「つけても、もうムダだ」という「空気を読め」と、大本営に言ってるのではないかと。

「敗軍の将多くを語らず」とは言いますが、弁解と反省を混同しているとすれば、情けないとさえいえると思います。

大村京佑さんのユーザアバター

直掩なんて専門用語を知っているとところを見ると、かなり読み込んだようですね。
ただし、護衛をつけるつけないの判断をするのは艦隊司令部なので、現場の判断とは言えないでしょう。
末端の水兵を退去させたのは現場の判断だと思います。

勉強家のようにおっしゃってくださってありがとうございます。
本を読むほどに、自分が与えられた世界だけで満足して生きてきたことを反省させられますが、実際は、読み散らして知ったかぶりしているだけです。
私は航空特攻から読み始めたのですが、大和のことを考えると不思議で仕方がありませんでした。
だからと言って、大和について読むにはあまりに本が多くて、一冊も読んでいません。
日本が愚かだった、という意見が多いのは分かってますが、そこまでか?と思います。
根拠は「直感」ですが、(=無い)、大和は沈む(沈ませる)ために出航したと思ってます。
沈ませるためなら、護衛は無用ですから。
大きな船が、飛行機ですら何時間もかかるのに、米軍に見つからずに沖縄にたどり着けるとは思ってなかったと思います。
停戦後、米軍に引き渡したくなかったとか、抵抗の意が無いことを示すためとか、想像してますが、できるだけ引き上げ不可能な場所で沈めたいということかと。
ちなみに、護衛は現場の鹿屋基地司令だった宇垣纏が「独断で出した」が「独断だったために中途半端な護衛だった」とありました。その隊に最後の大和艦長の息子がいたということでも「温情」かと思いますが、「沈める説」に固執するならば(笑)、ある程度まで進ませるため、とも言えます。
多くの人の命を犠牲にしたのは全く良いことではありませんが、彼らなりに最善を考えたのでしょう。
ただし、その前提には、「みんな自分と同じように考えているはずだ」という考えがあるのかもしれません。
戦争について、必ずしも悪いと決めることはできない、という考えは理解してます。
私にとって戦争が(問題なのは、拒否ができないことです。
航空特攻については、「自分のところから特攻は出さない」と言った指揮官もいて、おとがめなしだったとは聞いていますが(読みましたが、が正確でも、表現として馴染みにくいですね)。

私ばかり書いて申し訳ないと感じるのは、「空気」に慣れきってるからかもしれませんね。
オフ会には、なかなか参加できないので、思いついたことはここで言うしかない、というぐらいのことなんですが。
特攻とは何か、で、「生還確率が0の作戦は許可されないから、この体当たり攻撃を特別攻撃とした」、とあって驚きました。戦争や軍隊は人が死んでもいいというのが「常識」だと思っていたからです。
そのまま来てたのですが、だから「空気」なんだろう、と。
表向き「死んでくれ」と言えないから、「言わせるな。察してくれ」と、じわりと目を涙で光らせれば、「分かりました。言わないでください」と敬礼して立ち去り、見送る者の閉じたまぶたから一筋流れ、落ちないように上を見上げて歯を食いしばる・・・、というシーン。そして、それに感動する者たちが、「空気」を継承するのでしょう。

全て伝聞で想像するのみなのですが、あの戦争の指揮者たちは、今の日本の指導者の立場にある人々ほどには「空気」に頼ってはいなかったと思います。少なくとも、戦争を終わらせたくても終わることができず、何をやっても勝機がつかめなくなるまでは。
航空特攻が机上に出されたとき、命中率は2割ほどと試算していた、と読んだことがあります。
8割が「無駄に死なせることになる」と分かっていたということで、10人いて8人死ぬということは、一般的には大事件ですが、作戦としては成り立つようです。
私が知ってからの世の中では、このことは批判を受ける考えですが、当時の作戦指揮者たちのころは、乳幼児死亡率も高く、死は今ほど遠ざけることができないものだったのであれば、国のため、人のために死ぬことは、それが目標まで届かない無駄死にであろうと「名誉」であるということだったのではないかと思います。
まして、武人の花道を、江戸時代ならば歩くことも許されぬ兵士たちに用意するのだ、と、彼らからすれば「正義」、現代の私から見れば「すり替え」ということもあったのではないかと思います。

陸軍航空特攻関係で、「倉沢参謀」という方があり、彼を許せない人も多いのですが、生前の言行が、必ずしも彼の「悪行」を証明するものではないと思っています。
彼は「空気」に任せず、言葉にしたばかりに恨まれることもあったのだと思います。
むしろ、一部の悪役に任せて口をつぐみとおすことこそ、憎まれなければなりません。
そして、一部の悪役に任せること自体が、悪役にも理屈を持たせることになってしまいます。

東電も政府も信用できませんし、卑怯だと思いますが、自分も、東電が原発で作った電力の恩恵を、テレビ番組を見ることや、安くて良い品物を手に入れることなどで間接的に受けてきました。
私が住む地域も、他の問題を抱えた原発から遠くありません。
こうして電力の恩恵を受けてキーをたたいている以上、「何の責任もないと黙り込む」ことはできないと思います。

大村京佑さんのユーザアバター

>見送る者の閉じたまぶたから一筋流れ、落ちないように上を見上げて歯を食いしばる・・・、というシーン。そして、それに感動する者たちが、「空気」を継承するのでしょう。

先日死んだタレントの前田武彦が水上特攻隊員でした。
彼が特攻を語るテレビ番組で「これから死のうって人間たちに上官たちはむごい言葉を投げつけた」というような話をしたところ、横にいた武田鉄也が話をさえぎりました。
武田鉄也の判断基準においては経験者に事実を語らせることよりも、特攻を美談に仕立てることの方が大事だったのでしょう。

日本には仲間と死ぬことへのあこがれがありますね。
高倉健のヤクザ映画はそんな感じでした。

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三島由紀夫もそうでしたが、ホモ的な集団死へのあこがれは究極の変態だと思います。

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