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真実を伝えることで空気は変わるのか?降伏ではなく一億玉砕を選んだ日本。

前回の続きです
http://kayskayomura.com/node/101

大和バンザイ突撃を決定したのは軍事理論ではなく「一億総特攻」の空気でした。
理屈に従えば戦争は勝ち目がなくなった段階で降伏するものです。
しかし日本は降伏を選ばず一億玉砕を選びました。

太平洋戦争における艦隊決戦は真珠湾、ミッドウェー、マリアナ沖 レイテの4回です。
ミッドウェーでは日本が保有する正規空母6隻のうち4隻と多数の熟練飛行士を失った。
マリアナ沖では航空兵力が壊滅。
レイテ戦では艦隊が壊滅。
しかしいずれの局面でも降伏はせず、レイテ戦からはカミカゼ特攻が始まりました。
「一億玉砕」の言葉が新聞に出てくるのもその頃からです。
ドイツはベルリン陥落まで戦いました。
しかしそれはナチスの敗北であり、ドイツ国民は玉砕しようとは考えなかった。
しかし日本は太平洋戦争の敗北を民族の敗北と考え、降伏よりは集団死を選ぼうとした。
ここであらためて金原ひとみさんの文章を引用します。

しかし多くの人が癌で死ぬ可能性よりも、個々の人間とは無関係、無慈悲に動いていくこの社会に対して、私たちが何もできないことの方が、余程絶望的かもしれないのだ。

山本七平は言います。

もし将来日本を破壊するものがあるとしたら、それは、三十年前の破滅同様に、おそらく「空気」なのである。

かつての山本七平の予言は今まさに実現しつつあります。
中学や高校では現代史を教えません。
そしてそれは日本が和の精神だからです。
和の精神とは自分を殺して周囲に同調することです。
しかし自分が無いということは無責任につながり、無責任は現実逃避につながる。
戦後の日本は過去からの逃避でした。
過去を検証しないからまた同じ事を繰り返す。

6万人が反原発デモに参加しても空気が変わらないならばどうすれば変えることができるのか?
元日テレ報道局デスクで今は反原発活動家の木下黄太氏はシンポジウムの席で「20万人に真実を伝えても流れは変わらない。200万人に伝えれば変わる」と言いました。
木下黄太氏はマスコミ報道の頂点のポジションにいた人です。
視聴率の与える影響を知り抜いている。
しかし空気が理性によるものでないことはすでに説明しました。
真実を伝えることで果たして空気は変わるのか?
戦時中、軍部はミッドウェイの敗北を隠蔽(いんぺい)しましたが、敵が沖縄まで来れば日本が負けていることは誰の目にも明らかです。
しかしそれで新聞が真実を伝えようとしたわけでもありません。
当時は検閲・言論統制の時代です。
新聞が軍部を批判すれば、記者は徴兵されて最前線に送られるという事情もありました。
毎日新聞記者による竹槍事件は有名です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E6%A7%8D%E4%BA%8B%E4%BB%B6
しかし竹槍事件をよく調べると、真実を伝えるというよりもむしろ作戦批判です。
そして竹槍記事の直後には新聞が国民に自決をうながしています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E6%A7%8D%E4%BA%8B%E4%BB%B6
敵が万が一にもわが神州の地に来襲し来らんにはわれらは囚虜の辱めを受けんよりは肉親相刺して互に祖先の血を守つて皇土に殉ぜんのみである。

竹槍事件は一般には新聞の軍部への抵抗と解釈されていますが、実際は新聞が軍部を押しのけて戦争指導していると僕は解釈します。
とにかく、インターネットが真実を拡散すればするほどマスメディアが逆方向に向かう可能性もある。
過去から逃避した国民は現在からも逃避するかもしれない。
放射性物質を全国に拡散し、一億総被曝の状況を作り上げている今の空気とは何か?
それはどのようなもので、どのような過程で作り上げられたのか?
そしてその空気を変えることは可能なのか?不可能なのか?
そこを見極めなければ、原発推進の空気を変えることは難しいのではと思います。

また続きます。

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コメント

NHKで朝の番組が福島から放送されていますね。先ほどは、桃か何かの話で、放射線量を明らかにしたら、観光客たちが、「こんなにおいしいなら、(安全基準値以下なのだから)ぜひ買いたいと言って」「かえって、(数値が)分かったら安心(して買える)」というようなことを言っていた、ということを放送されました。
このコメントをしている人は、「事実を話しているだけ」「こんなこともあったんだ」ということだけだと思います。
生産者のことや、日本の農業自給について、ひいてはTPPについて考えると、これは「応援」すべきなのかもしれません。
ここに、「ほら、『みんな』大丈夫って言ってるでしょう?だから大丈夫なんですよ」というメッセージがあるなら危険ですね。
「みんな大丈夫と言ってる。騒ぐのがおかしい」という「空気」が形成されるということは。
また、「高齢者は大丈夫」ということが盛んに言われてましたが、親が苦しみながら死ぬのを見たい人は少ないと思います。
国内農業保護のため、「未来ある子どものために安全な食料は譲って」、「年寄りは基準値以下だから」食ってくれ!では、一億総玉砕を唱えたときの日本と変わらないのではないでしょうか。
「親が苦しみながら死ぬ」わけないだろ?影響が出るころ年寄りは死んでるんだよっ!と言うのであれば、誰でも年寄りになるのです。年取ったら粗末にされる国で、子どもを育てたいでしょうか?産みたいでしょうか?
今、政府は、子どもを大事にするため、高齢者から金を出させようとしています。
それを見て「僕らのために、ありがとう!」となるのかな?です。
さらに、汚染が進めば、その年齢が、少しずつ引き下げられたり、「子どもを生む可能性の低い人」は、、と、「生きてよいものとそうではないもの」の選別が進むのではないでしょうか。

「日本は反省していない。ドイツは・・・」という言葉を聞くたびに、「ドイツを引き合いに出すな」と思っていましたが、ナチのホロコーストを反省したドイツだったら、と思わざるをえません。

捕虜の強制労働は旧ソ連もやったし、人体実験もどこかの国でやったかもしれないし、慰安所だってどの軍隊にもつきもの、植民地支配なんて、日本がやる前にも後にも欧米はやってたじゃないか、、という理由で反省をしなくて良い、ということであれば、「みんなやってる。だから正しい」ということではないでしょうか。
空気ではなく、この場合は言葉になってますが。

政府が人間の選別を始めたら、日本は国ではなくなりますね。
ここは完全に工場になると思います。

戦争を始め、進めたときの政府より悪いと思います。

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