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都会から農村への移住と意識の差について。野口さんの経験

野口武幸さんは311東北震災をきっかけに東京の競馬予想家から九州の自給自足農家に転身された方です。
http://kayskayomura.com/ja/node/141#comment-1232
http://kayskayomura.com/ja/user/184
ブログにコメントを下さったのでメールを交換していたところ、田舎の人たちの意識について、興味深い話をしてくださいました。
僕だけが読むのはもったいないので、ご本人の了解を得て皆さんにも紹介します。
都会からの移住者と地元民との対立はまだ問題になっていませんが、これから問題になると思います。
野口さんのブログはこちらです。
http://noguchikabe.blog.fc2.com/

大村様

(略)
しかし、コミュニティを作る場合も結局はどういった作物を選択し、換金していくのか。
その点が問題になってきます。
どの土地を選ぶかも重要になってきますから、段々自分や家族だけの問題ではなくなってきますね。
何より人間は難しい生き物なので・・・
私は30代前半に会社を任されたことがあり、その苦心も実感があります。
統率の取れなくなる怖さがありますね。
(略)

野口

野口様、

コミュニティ作りはこれからの大きな課題ですね。
しかしおっしゃるとおり、簡単ではないと思います。
世の中、長期展望からモノを考える人はごく少数で、ほとんどの人たちは目先の都合でモノを考えます。
人助けのつもりがそうは理解されなかったり、逆にビジネスを人助けと受け取られたり。
結局、どんなに苦労しても一人の方が楽ということになるかもしれません。
ただし、それは都会経験者だからわかることで、田舎の人にはコミュニティ作りなど最初から不可能かもしれません。
だとしたら困難を覚悟で都会経験者がやらねばならないことかもしれませんね。

大村

大村様

ほぼ毎日を九州で過ごすようになって、ややガッカリしていることがあります。

> ただし、それは都会経験者だからわかることで、田舎の人にはコミュニティ作りなど最初から不可能かもしれません。

大村さんのこの言葉には非常に色々な意味合いで頷けます。
西日本全体の傾向なのかどうかは分かりませんが、あの震災や原発事故も、遠い遠い出来事であり人ごと・・・こちらにはそうした感覚の人々がとても多いのです。

私の妹は教師ですが、昨年の5月頃にどこからか牛肉を頂いたそうで、私はこう質問。
「それ、大丈夫なのか?」
妹は即座に答えたのですが、その言葉に唖然としました。

「うん。国産だから大丈夫だよ」

BSE辺りで彼女の時間は停まっているのだろうか?
と、思いました。
この言葉には、本当に驚かされました。
人に物を教える立場でもこの程度の認識で、妹以外でも、類似したケースが沢山あります。

この意識の低さが、田舎では一つの障壁になる。
この頃、実感してきました。

これがさらに九州の辺境であるこの集落辺りになると、なおさらです。
ご老人が殆どの情報に疎く日本全体の危機など無関係な(と思っている)地域ですから仕方ないのでしょうが・・・。

田舎でのコミュニティづくり。
肝心の現地でこそ、なかなか理解が得られないと思います。

もしも大勢が移住するとなれば、様々な軋轢が生じるでしょう。
私一人なら父や大叔父がこの地域でソコソコ知られた人であるおかげでマシですが、完全なヨソ者が土地を買い住み着くとなれば、日本のムラにありがちな警戒の眼差し(文字通り村八分的な)でもって見られます。
最近は別荘が増えてきたおかげで村の人々の頭もだいぶ柔らかくなっていますが、大規模に農業をやり気候風土に合致する同じ作物を出荷するとなれば、ライバル視されるに決まっています。

やるとなれば、やはり行政の力を借り、過疎地の活性化や地域の産業育成といった目的を提示した上で、さらに企業として行う。
あくまで目的は、その地域の活性化にある。
地域の従来の“常識”や“立場”や“生活”を壊さず干渉しない。
こういう建前が必要かもしれません。

あるいは地域のご老人に金銭的な利得を・・・賄賂という訳じゃありませんが、農業アドバイザーとしてご協力頂き働いてもらう。
そんな形でやっていくしかないでしょう。

“郷に入れば郷に従え”

といいますが、その土地の事情にある程度合わせる(妥協)感覚はどうしても必要になってくると思います。

祖先の地であるこの地域は、元々は開拓者の村です。
しかし、この周辺に従来からいた人々と長いこと諍いが絶えなかったそうです。
結局その当時と、あまり日本の根っこは変わっていないのでしょうね。
開拓者の子孫も、歳月が経てばただのムラビトです。
そういう閉鎖的な文化は、いまだ日本の農村にしっかり根付いています。

結局は大村さんもおっしゃるように、まずは一人でもやっていく。
周囲を納得させるには地道な努力とそれに基づいた実績が必要ですから、まずは一人で黙々とやっていくしかないのだと思います。
旧知の企業へ協賛を依頼することも考えていますが、このためにも私自身の“農”における実績が不可欠でしょう。

(行政も、結局は実績や資本力を重視しますし。TPPが締結されれば安い国外の作物には敵わず、企業の協賛は得られない可能性が高いですが・・・。)

ともかくも、まずは私自身にとって必要だから、やる。
そのつもりでやります。

「北海道稲作の父」と呼ばれる中山久蔵。
小学生時代に学研で読み、いまだに濃い記憶として残っています。
この人の精神を見習って、私もやります。

http://www18.ocn.ne.jp/~m-ohta/nakayama.html
(「寒地稲作の祖」中山久蔵・夢をあきらめなかった男)

野口

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