マスコミはエリート村、インターネットはユーザーダイレクト

ブログカテゴリ

ウェブ系ジャーナリストの第一人者である佐々木俊尚さんが今急成長しているソーシャルゲームについて、ツイッターでこんなコメントをしています。 sasaki.jpg

@sasakitoshinao >パチンコのような射幸心も? ソーシャルゲームはますます下流食いビジネスへ。 /「パチンコのような単純さ」で1000万ユーザー獲得 グリー田中社長が語るヒットの極意 http://t.co/aUwCVDG >しかしこういう下流食いビジネスにこれから日本のウェブの「スタープレーヤー」たちが流れ込んでいくのか・・。日本でネットが普及し始めてから、15年。感無量だ。


佐々木俊尚さんというジャーナリストがその先見性において他の追随を許さないことは認めますが、それを認めた上であえて言わせていただければ、「下流食い」というレッテル貼りは間違っていると思いますね。 データ的に見てもソーシャルゲームのユーザー層は下流ではなく、GREEが持つデータでは「ソーシャルゲームの課金に慣れた可処分所得の高い30代以上のユーザーが多い」となっているようです。 欧米のデータではソーシャルゲームをよく遊ぶのは平均年齢43歳の女性だそうです。 http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=1205 このように、ソーシャルゲームのユーザーは決して下流ではありません。 それなのになぜ佐々木俊尚さんは下流だとイメージしてしまったのでしょうか? 僕はその理由を佐々木俊尚さんのバックグラウンドに見ます。 佐々木さんは早稲田大学政治経済学部政治学科という私大文系の最難関に合格し、就職先も毎日新聞社というエリートを絵に描いたような人です。 そしてこのマスコミというところ、新聞社にしてもテレビにしても、エリートが固まってエリートだけで仕事が成立してしまう場所です。 新聞なら契約は販売店に任せればいいし、テレビなら広告販売は広告会社に任せればいい。 「新聞はエリートが作ってヤクザが売る」って言いますね。 同じエリートでも銀行員は営業や窓口業務などで一般のお客さんに頭を下げなければならない。 しかしマスコミなら一般のお客さんに頭を下げることなく仕事ができてしまうのです。 そしてこのエリートオンリーという環境は中の人にとってはとても居心地の良い場所で、その居心地のよさを少しでも増やそうと新聞社は記者クラブを作ります。 テレビ局もかつては誰でも出入り自由だったにもかかわらず、いつからか訪問者を制限し始め、しかも受付嬢には長身のモデルような女性を置いて訪問者を威嚇するようになった。 そんなことではテレビに面白いコンテンツは集まらないなーと思ってたら、案の定、番組はつまらなくなる一方です。 そしてインターネットの登場によって、そんなエリートの牙城が脅かされ始めました。 2009年の新聞広告は18.6%減、テレビ広告は11.5%減と、急坂を転がるように売り上げが落ちています。 マスコミにとってインターネットは大いなる脅威です。 インターネットは生産者とユーザーをダイレクトにつなぐものなので、ネットの経営者は一般ユーザーを相手にすることに抵抗はありません。 ネット経営者のほとんどがブログを書いて一般ユーザーにリーチしようとします。 しかし今までエリートの牙城に閉じこもり、一般人との接触を拒んできたマスコミ人にはその感覚が分かりません。 佐々木俊尚さんは何年も前からマスコミを恐竜に例えて「いずれ滅びる」と指摘し、最近ではツイッターでユーザーにリーチしようと努力している人ですが、しかしやっぱりまだどこかで昔のエリート感覚が抜け切れず、「下流食い」という発言につながったのではないでしょうか。 僕は別にエリートが一般人にリーチしたから偉いとか、エリート同士で固まることが悪いとか、弱者の味方的なことを言うつもりはまったくありませんよ。 しかしこの佐々木さんの発言に関しては違うかなと思います。 これからマスコミは厳しい時代を迎えますが、そこで生き残るマスコミ人は一般ユーザーを相手にすることに抵抗がない人たちなのではないでしょうか。 そんな気がします。

捉え方が違うだろ。頭悪いな。
佐々木氏はパチンコみたいに何の生産性もない「ゲーム」を提供する企業、
利用するユーザー、もしくはそれに興じる行為そのものを総じて「下流」と言ってるんだ。
全くその通りじゃないか。

可処分所得の多少、年齢とかの意味じゃないだろ。
グリーとかモバゲーとか何の社会的意義もない事業を推進してるんだよ。
そういう意味での「下流」だろ。

 大村様、こんばんは。

 マスコミに関する記述に関しても、以前より関心を持っておりました為、
 大分以前のエントリーに対するレスとなり、大変申し訳ありませんが、
下記の個人見解を記載させて下さい。

 以下は、1つの出来事(米国債に対する格付けの記事)に対して、異なるソースから
拾ってきたニュースです。 以前より、大手であってもネット上のニュースには
ある種の意図を感じていたのですが、下記2つの記事の対比によって、ある程度の
検証ができるかと思われます。
→ 時事のニュースは、意図して隠してある内容があり、それにより、受け手の分析が
 ぶれる事になります。 (t_sakの感想です。)

時事通信 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110816-00000115-jij-int
ロイター http://jp.reuters.com/article/jpeconomy/idJPJAPAN-22729220110816

 この事は、文章として残り、且つネット上で簡単に比較できる為に、明確になりますが、
普段のTVニュースでは、頻繁にこのような事が見受けられます。 (あえて、ある部分を
伏せて報道し、視聴者の捉え方を別の方向に誘導している。 但し、メディアは「嘘は
言っていない」)

 海外のメディアであっても、記事を伏せる事はあるかと思うのですが、我々日本人が
接するニュース、こんなに質が悪いのに、皆よく平気で生活できるな。と、感じる次第です。
 メディアにとって、それなりのメリットがある事が、想像できるのですが、視聴者にとっての
メリットは、恐らく無視されているのでしょうね。
 メディアのメリットの先には、陰謀論しか見えてこないのでありますが、割愛させて
頂きます。

t_sakさん

フルフォード氏が日経ウィークリーを辞めたのはデスクが真実を握りつぶそうとしたからだったと思います。
マスコミが真実を報道しないのは彼らなりの正義に基づいてのことだと思います。

日本人の正義は「和」ですね。
波風を立てないこと。
福島原発の真相を政府が隠そうとするのは、事実を明るみにすれば和が乱れると考えているからです。
つまり彼らの正義では日本の和を守ることのほうが福島の人の命より大事だということですね。
かつて太平洋戦争の時も東条英機は陸軍と海軍の和を守ろうとしてアメリカと戦争を始めました。

「福島原発、みんなで死ねば怖くない」ってところですね。