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精神分析では、性はとっくに葛藤の中心舞台から去っている。

アメリカにおいてはフロイトの精神分析を受けることは、エスタブリッシュのステイタスであり、ある種常識なので、管理人さんは カチカチの親米党 のようなので、基本を割愛して話します。

フロイトが、性的欲望の抑圧を神経症の原因と発見したのは、当時のキリスト教の価値観が充満する社会にあって、その葛藤が中心だったから。

が、現在は中心舞台から去って、攻撃、自己主張などの欲望の抑圧が中心になっている。
 
なぜならば、これらの欲望は、全面開放するわけにはゆかないから。・・

しかし、フロイトも気がついていたように、キリスト教の価値観が充満する社会にあっても。心底キリスト教を信じている人たちには、神経症患者が極めて少なかった。
 
理由は明らかだろう。

来世における、救い、償い、不満の解消、罰、等の、観念があることによって、自我は安定するのだが、まさに近代科学合理主義以来の、欲望の物語には、来世が無いから、この世で帳尻を合わせなければならず。・・・

しかも、その物語は、自分で作らなければならないので、たいていの場合、物欲とかそういったものになるので、現代の大量消費社会は、その肥大化した物語に見合っているわけだ。

既に、日本では、セックスなんかに夢中になるのは「ダサイ」という価値観もあり、セックスがいくらやっても飽き足りない人や、セックスなんで疲れるだけでアホらしい。・・・

という人種も存在する。

「鰯の頭も信心」といわれるが、欲望の物語も、個人レベルに引き落とされた宗教的救済の物語、・・・私的宗教なのだ。

そこにも、多神教と、一神教があり、

さしずめ、ロリコン趣味一辺倒の人は、「一神教」の信者だろう。

あまり、性的倒錯者の迷路を探っても、意味が無かろうと思うが。・・・

ただ単に、衆目を集めたいだけならば、勝手にどうぞ。
・・

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