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近況報告

2週間ぶりの更新です。
今までは無職だったので週に1度の更新もそれなりに楽だったのですが、仕事をしながら更新を続けるのは大変です。
仕事の方はそこそこ順調に進んでいて、今は日系アメリカ人・スタイリストを日本に呼ぶ計画を立てています。
彼はブラック・アイド・ピーズという世界的に有名なヒップホップ系グループのスタイリストをしていた男なのですが、彼を日本に呼んで日本のセレブのスタイリストになってもらえば、新しいブランドの設立など、いろいろ展開できるかなと考えています。

今まで「世界恐慌」とか「食糧備蓄」とか言っていた人間が、今度は「セレブ」とか「ファッション」とか言い出して、まったく逆じゃないかと思われるかもしれませんが、僕としてはバランス感覚のつもりです。
一方を担保したから安心してもう一方を実現できる。
ちなみに僕は一時期セックスに没頭していたのですが、それもバランス感覚です。
精神世界にのめり込んだ反動。
セックスだけでは気が狂うし、精神世界だけでも気が狂う。
両方を追求することで精神のバランスが保てるのです。

話は変わりますが、先日、新宿ゴールデン街のバーに行ったんですよ。
そうしたらバーのお姉さんに「ジャパネットたかたに似てる」って言われました。

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kayskayomuraatmac.jpg

まあ確かに似てますね。
でもぜんぜんうれしくない。
また来て欲しかったら「藤木直人に似てる」とか言いますよね。
「あんたはこの店に来なくていい」って言われたのかな?
うーん
まあ、もうその店には行かない方がいいですね。
次はどこに行こうかなと思ってたら、運良く友人男性がゴールデン街のバーに立つことになりました。
文鳥ヨシトというサブカル系のライターさんで、オタク・アダルトから原発問題まで幅広く手がける人です。
最近は「原発労働者20人にインタビューしました」って企画を雑誌の宝島かどこかで実現したらしいです。
彼がバーに立つのは月曜の夜のみなのですが、ここ3週間は毎回彼のところに行ってます。
この前は「スカトロ・ビデオの愛好家はウンコの色艶にこだわる」なんて話題で盛り上がってました。
よかったらあなたも会話に加わりませんか?
彼が立っているお店の名前は彼のツイッターでチェックしてください。
https://twitter.com/yoshitobunchou
チャージ800円 ドリンク700円だったと思います。

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コメント

正直な方だと思いました。

たまに、息苦しくなりませんか?

性的なことと、精神世界は、リンクする部分が多いですが

とりあえず、現代社会では、「抑圧」の対象になることが多いですから・・・

理性と本能のバランスは、難しい・・・個人的にそう感じます

大村京佑さんのユーザアバター

抑圧という意味で息苦しいことはないですね。
というのも僕の親は自由人でしたし僕の仕事も自由業ですから抑圧する人が周囲にいなかった。
孤独は常に感じていますが。

>性的なことと、精神世界は、リンクする部分が多いですが

同じ線上にありますね。

>理性と本能のバランスは、難しい・・・個人的にそう感じます

だからといって距離を置くと、いつまでたってもコントロールできません。
そして人生はただ生きるだけになってしまう。

コメントありがとうございました。

私は、「自由」を知らない家庭に育ち、親も、祖父母も、ずーっと「がんじがらめ」の家系に生まれ育ってきました。

幼少期の影響というのは、結構、その後の人生にも大きな影響を及ぼすと個人的に考えます。

ただ、「私は、こんなに自由がなかった」と、「被害者意識」をアピールしたいのではなく

「育った環境が人格に及ぼす影響」

もあると思っています。

精神世界と性的なことは、同じ線上にある。

つまり、コントロールとは、は理性と本能の「バランス感覚」、そういうことなのかもしれないと、感じました。

私は抑圧で息苦しいです。

でも、同じ日本にいても、そこまで息苦しくない人もいる。どちらでもない人もいる。

最終的には「本人次第」ですが・・・

原発の被害にあった子どもと、その被害に(今のところかもしれませんが)あってない子どもとの違い。

更に、絡み合う、要因・・・それがプロセス(経過)と個人的によく思います。

(原発の被害にあっても前向きな人もいれば、そうでないひともいる。100人いれば、100通りの思想があると、私は思ってしまいます)

自由な環境というのは、羨ましいです。

孤独に関しては、私は人といても、精神的には、常に孤独、それが当たり前と感じていて、通常は、一人を好むので、大村様と、感じ方の相違があると思います。

それでも、コメントを書かせて頂くのは、ある意味「他者に対する表現」なのかもしれません。ブログのコメント欄という、表現の場所を借りて。

失礼な箇所があるかと思います。気分を害されたら、謝罪いたします。

大村京佑さんのユーザアバター

親から厳格な教育を受けたためにセックスに対してオープンになれず、セックスでイケない、楽しめないという女性を僕は今まで何人も見てきました。
人間にとって性的不満は精神異常につながる重要事項です。
その人自身も不幸だし、もしかするとロリコン男性の母親はそんな女性なのかもしれません。
また韓流ブームの背景にもそんな女性は多いと思います。
そんな女性たちを解放に導くためにはどんな方法がベストなのかということはよく考えます。
僕を好きになった女性を解放させることは簡単ですが、世の中、僕のようなタイプを信用しない女性はけっこう多い。
個人的にも難しいことを多数に対してできるのかな?などとつらつら考えたりします。
可能なら挑戦したいテーマではありますが。

コメントありがとうございます。

厳格(すぎる)教育を受けてきたために、性行為を楽しめない、どこか「罪悪感」を感じる。

逆に、厳格すぎる教育や躾を受け続けてきたのに、奔放にセックスライフを大勢の異性(同性とも)楽しんでいる人もいますが、どこか「罪悪感」を感じてしまい、気づいたら、抑うつ状態、自己否定、自分を責めまくる。
そういう女性(男性)は多数存在すると、私は感じます。

性的不満は、精神的に異常をもたらす可能性がある。

人間も「生物・・動物」であるので、食欲、睡眠欲、性欲は「生存本能」として誰にでも備わっている、自然の摂理と思います。

結局、「誰に対して罪悪感を感じるのか?」

「自分の親に対して罪悪感を感じる」・・・こういうケースは多い。無意識の深いところでかもしれないけど。

心理学等の本にも紹介されているケースです。

私自身も、そうです。

「世間」に罪悪感や恐れを感じる人も大勢いると思います。

ちなみに、セックスパートナーは、一般的には「親」「世間」ではありません。

でも、「親」「世間」「常識?も」の目に脅えて、一人で罪悪感に苦しむ。

変な言いかたをすれば、セックスパートナーがいる人(恋人、夫婦、行きづりの関係、色んなパターンの関係が、あるとおもいますが)。

そういうパートナーがいる本人が、自分の親に罪悪感を感じるなら、その本人と関係を持った、パートナーという立場の他人も、その方の親や世間に「罪悪感」を持たなければいけないのか?

「娘(息子)さんに、ふしだらな行為をしてしまい、申し訳ありません」と謝罪しなければいけないとしたら・・・(本人同士の同意以前に問題になったら)

おかしな話だと私は感じるのは私だけでしょうか・・・?

(性的犯罪行為レベルまでいくと、また論点が違うと思います)

親は子どもが大切という主張も大切とは思います。
変な男(女)にひっかかってひどい目に合って欲しくないという親心は、子どもの負担にならない適切なレベルであれば、正常と思います。

これが心配のあまり、過剰、過干渉になりすぎたら恐ろしいです。
こうなると、親と子どもが、一体化・・・同一人物化しているように、私は感じてしまいます。

ロリコン男性の母親自身が、何かフラストレーション、抑圧、色んなものを抱えているけど、そのことに目を向けたくない・・・という可能性はあってもおかしくないと思います。

韓流ブームの背景には、長期にわたって溜め込んだ、抑圧の発散があるのかもしれないと、思ってしまいます。

厳しすぎる環境、躾をからの影響という呪縛が解けるのは難しいことです。

それでも、女性(男性も)、自分はこれでいいんだ・・・と思えるようになる時が来るのが、私は「解放」や「精神的自由」・・・「精神的自立」と、個人的に思います。

理論は単純なのに、絡み合い、もつれた糸のように、複雑化してしまっている、現状が嘆かわしい。そう思います。自立どころか、絡み合う糸が足に絡まって、歩くことすらまともにできず、転んでばかり。

解放や自由へのステップを踏み出せない、踏み出しても転落してしまうのは、「絡み合う糸」の心理や呪縛があるのかも知れないと、私は思ってきました。

私がコメントさせて頂いている事と、共通する事を考えていらっしゃる方、また書籍を出版されている方も多数いらっしゃいますが、あえてコメントさせていただきました。

大村京佑さんのユーザアバター

よくわかっていらっしゃる。
まったくそのとおりです。
日本は忠孝の教えを発達させすぎた。
男女の愛をないがしろにしてまで発達させた結果が現代の未婚、マザコン、ロリコンです。
そして男女の愛は資本主義によってゆがめられた。
クリスマスイブに彼女とセックスなんてキリスト教と愛に対する2重の冒涜です。

コメントありがとうございます。

クリスマスだけではなく、バレンタイン、最近ハロウィン、そしてイースターも?

キリスト教関連のイベントにのっかって、楽しむのはいいのですが、「意味を知らない人が多すぎる」気がするのは、私だけなのでしょうか?

私もキリスト教の教義に詳しいわけではありませんが、個人的に感じるのは、日本は仏教徒が多い国と、私は長い間認識してきましたが、お釈迦様の誕生日に、デートを楽しむという人の話を、私はまだ聞いたことがないし、ある意味疑問です。

イエス・キリストの誕生日前日には盛り上がる。でもクリスチャンではない。「あなたの宗教は?」と質問されると、「実家が仏教だから仏教かな?」または、「無宗教」と答える人が私の周囲では大半を占めていました。

キリスト教と愛に対する2重の冒涜。

批判と思われる意見かもしれませんが、こういう意見を持つ方も少なくはないでしょう。

「イベント」に「空気のように」色んな要因が関わっているんだなと、感じるばかりです。

忠孝の意味を調べてみたら

忠は公共性を尊重する事であり、社会性である。

孝とは家族を尊重することであり、家族「愛」である。

とありました。

どちらも「崩壊寸前」

そういう雰囲気が漂うご時世だなと、私は個人的に感じてしまいます。

家族とは、結婚した成人男女とその子供達で成り立つ。

資本主義でゆがめられた男女の愛。彼らが作った家族、そこで生まれ育った子供が、今、いじめをし、いじめられ、自殺し、人を殺し、売春をし、万引きをし(裕福な家庭の子でも)・・・誤解や批判を招く言い方かもしれません。

ただ、日本は世界的にはまだ裕福なほうではないのか?と個人的には思うのですが・・・。

日本にも、家族仲がいい人達は大勢います。話を聴いたら

「親には悪い事をしたらその場で怒られたが、過剰な暴力などはなく、怒る理由を説明してくれた。思春期に入る頃には、自分の進路の選択は、子供自身に人生だからと子供に委ねられ、必要な時には自立への、適切なサポートをしてくれ、いわゆる「過干渉」はなかった。大切に育ててもらった」と。

このように言える人々は、家族で話し合うべきことは「話し合える」
「子供は自分の意見を親に言う事ができ、親もそれを聴くことができる」家庭だったようです。

色んな家族が存在するのは、当然ですが、「いじめ、犯罪」に手を染めてしまう子供の親御さんと、手を染めない親御さんの差の理由の一つに

「自分が無理をする。そして相手にも無理をさせる」があると個人的に思います。

他者に「尊重」された経験があり、自分自身も含め「人を尊重できる」人数はどれくらいいるのか?と私は考えてしまいます。

なぜなら、子供のことを、何でも決めたがったり、人間関係に必要以上に干渉してくる親御さんは、残念ながら多いし、私の親もそうでした。

お金で買う愛は、男女でも、親子間、友人関係にしても虚しいものだなと、私は個人的に感じます。

大村京佑さんのユーザアバター

2ちゃんねるに「親に抑圧されて喪女になった」シリーズがあるのですが知ってますか?
http://2ch.hork.info/res/kohada.2ch.net/wmotenai/1357963188

僕自身、そんな親に育てられて結婚に失敗した女性を何人も見てますので、肌感覚でよく分かります。

初めて知りました。情報提供、ありがとうございます。

現在閲覧中です。

スーザン・フォワード著(医療コンサルタント、グループセラピスト)・・・「毒になる親」「毒になる姑」

母がしんどい 田房 永子 (著)

彼女達の本が、親からの支配から抜けれない、女性(男性)の間で売れています。

大村様が提示されている、「ロリコン・マザコン・(ファザコンも)」問題、「親に抑圧されて喪女になったシリーズ」と、内容はかなりリンクしています。

日本の母系社会が、悪いほうに作用している。

モンスターペアレンツ、ヘリコプターペアレンツなど、いい例です。

私は性別は「女性」ですが、母親という立場にしがみつくあまり、その子供である娘が、「喪女」になってしまう、しかもどこかで母親がそれを望んでいる。(親に抑圧されて喪女になったシリーズの内容通りです)

「ろりともだち」では、批判も多かったと思いますが、上の世代からの負の連鎖も大きな要因だと個人的に思っていたので、これがきっかけで、自分自身が抱える問題、そして社会問題について真剣に取り組む事を始めた人は、案外多いのではと感じます。

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